男性 60歳以上

マカが精神心的に私の支えになってくれました

投稿日:2018年4月17日 更新日:

「70歳 Uさん」

妻と死別し、しかも破産しすべての財産を失って、遠い親戚のある田舎に引きこもり、わずかな年金でウツウツとして生活していました。

それが、再婚してマカによって若かった頃を思い出し、生き返ったような心持ちがしています。

死別


 

順風満帆の人生なのに、どこか心に埋めることができない穴が・・・

妻と結婚してからは、私も前半期の人生は順調な日々を送っていました。

会計事務所に勤める会計士として、地味ながらも着々と信用を築き、立派に独立することもできました。

日本を代表する会社をいくつかクライアントに持って、金銭的には何の不自由もない暮らしを、東京で夫婦仲良く2人で暮らしていました。

 

不妊症なのか子宝に恵まれない

しかし、家庭に不満がまったくなかったと言えば嘘になります。

それは、私たち夫婦には子供がいなかったことです。

当時は今で言う妊活なども一般的ではなく、不妊治療といっても何をしていいのかよくわかりませんでした。

結婚して10年以上たっても子宝に恵まれず、一時は親戚から養子を迎えようとまで考えました。

しかし、その話もいつの間にか立ち消えになり、仕事の忙しさに追われるうちに私も気が付けば60代になっていました。

 

 

妻との死別、そして破産とどん底から、新しい人生へと

私の人生の中で最大の不幸は、妻がガンで先立ったことでした

妻が逝ってしまって初めて、自分が妻にろくに感謝の気持ちを示して来なかったことに気づき、申し訳ない気持ちで一杯になりました。

次の不幸は会社の破産でした。

良く調べもせずに数十年の友人の連帯保証人になったのは、ポッカリ空いた胸の寂しさのせいだったのかもしれません。

事業に失敗した友人は自殺し、私は自宅と別荘の宅地、さらに手元にあった一切の財産を手放して、無一文になってしまいました。

しまいには、会計事務所も人手に渡り、行き場所もないまま最期を迎えると覚悟していました。

 

まさか、こんな私を面倒みてくれる人がいたなんて

私を拾ってくれたのが、何とその昔、私たち夫婦が養子に迎えようとまで考えた、あの遠い親戚の青年なのでした。

立派になった彼の家に厄介になり、彼の会社の経理事務所を手伝いながら、わずかな年金収入を糧にして余生を送ることになったのです。

 

再婚相手を久々の肉体の喜びを味わえました

まさかの人生をやり直すチャンスがきたのは、なんといっても再婚できたことでした。

私にも新しい生きる喜びができたのです。

親戚の娘たちにお茶とお花を教えているお師匠さんが、再婚相手です。

彼女はまだ50代半ばですが、早くに連れ合いを亡くされ、寂しい暮らしをしてきました。

そして、こんな老いぼれになった私の最期を看取ってくれる優しさを持ってくれたのです。

共に添い寝で良いものを、実はマカのおかげで最近は10年ぶりで肉体関係の悦びを味わえるようになりました。

誠にありがたいことです。

この上は、1年でも、1日でも長く、この「本当の幸福」を噛み締めながら、生き続けたいと念願しています。

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